第10章 パーソナリティ心理学
10-1. パーソナリティとは
10-1-1. パーソナリティ
日本語ではパーソナリティ、人格、性格
日本語で人格は道徳的なニュアンスが含まれる
英語だと道徳的倫理的意味を含む個性のことはキャラクター(character)と呼ぶ
「精神身体的体系をもった個人内の力動的体制であって、その個人特有の環境への適応を決定するもの」
オルポート(Allport, 1937)の定義で、現在も広く使われている 「精神身体的体系」: パーソナリティは精神的な側面だけではなく、身体的・神経的な基盤を持っている
「力動的体制」: 静的で固定的なものではなく、状況や経験によって動的に変化する可能性を秘めている
「環境への適応を決定する」: 生存への機能的な意味を持っている
ただし、パーソナリティが「個人内」に存在するかどうかは異論も出された。
10-1-2. 気質
気質(temperament): 生得的で、生物学的な基盤を持つ個人差 トーマスらは9つの指標に基づき、乳児の約40%が「扱いやすい子供」、約10%が「扱いにくい子供」、約15%が「エンジンがかかりにくい子供」に分かれることを見出した(Thomas & Chess, 1977)
9つの指標: 活動水準、周期性、接近-回避、順応性、敏感姓、反応の強さ、起源、散漫姓、持続性と注意
子供は特定の気質を持って生まれ、周囲の環境と相互作用を重ねながら、独自のパーソナリティを築いていく
パーソナリティには生涯を通じた安定性が見られる一方、環境(経験)、本人の主体的努力によっても変化する
10-2. 類型論と特性論
10-2-1. 類型論
古代ギリシア時代のヒポクラテス(Hippocrates: B.C.460-B.C.375) 人間の身体の4種類の体液(血液・粘液・黄胆汁・黒胆汁)の配合が体質の個人差を海、配合に変調が生じると疾患に至ると考えた
古代ローマ時代のガレノス(Galenus: 129-200頃) 4種の体液のうちどれが優位であるかによって、多血質(楽観的で社交的)、粘液質(冷静で堅実)、黄胆汁質(精力的で短期)、黒胆汁質(憂鬱で慎重)に分けることができると考えた
類型論: 人をいくつかの典型的なタイプに分けて捉える見方 体液に基づく分類は科学的根拠のないものとされているが、類型論は精神医学や心理学に引き継がれることになった。
ドイツのクレッチマーが提唱した体型によるパーソナリティの分類(Kretschmer, 1921) 細長型の人は分裂気質(非社交的、きまじめ、用心深いなど) 肥満型の人は躁うつ気質(社交的、親切、気立てがよいなど) 後にがっちりした対角の闘士型の人を粘着気質(かたい、几帳面、精力的など)として追加した。 アメリカの心理学者シェルドンが一般の男子大学生を対象に大規模な追試を行った(Sheldon, 1942) パーソナリティの傾向がクレッチマーの主張と概ね一致することを見出した
しかし、今日では体格とパーソナリティの間に一貫した傾向を見出すのは難しくなってきている
肥満の増加、痩せ型への文化的価値の広まりで体系のあり方が多様化が難しくしていると思われる
外向型: 社交的で決断力や行動力に富む
内向型: 控え目で粘り強く、空想にふける傾向がある
類型論は個人の特徴を直感的・全体的に把握するのに便利だが、ステレオタイプ的な見方につながったり、複数のタイプにまたがっている人やどれにも当てはまらない人に適用できないという問題がある しかし、有史以来に人をいくつかのタイプに分けて捉えようとする試みがなされてきたことは、世界を秩序立てて理解し、情報処理にかかる負荷をできるだけ減らそうとする人間の根源的な性質(第11章 社会心理学)をよく示している 10-2-2. 特性論
特性論: 複数のパーソナリティ特性について量的に測定し、各次元における個人の位置を示すことで、パーソナリティの全体像を捉えようとする立場 類型論がドイツを始めとするヨーロッパで盛んであったのに対して、特性論はアメリカを中心に発展した
最初にオルポートらが辞書からパーソナリティを表す単語を拾い出したところ、17953語が見つかり、そこから代表的な単語に絞り込んでも約4500語になった(Allport & Odbert, 1936)
たくさんの次元で個人の値を示してもモザイク状の情報に過ぎず個人の全体像を掴むことは難しい。
因子分析という統計的手法を用いて、パーソナリティ特性をいくつかの次元にまとめようとする研究が盛んになった イギリスのアイゼンクは神経症患者を対象とした調査から、パーソナリティ特性は「外向性ー内向性」と「情緒的安定性ー不安定性」という2つの次元にまとめられるとし、モーズレイ人格検査(MPI)を開発した(Eysenck & Eysenck, 1969) 特性をベースとしながらも、その組み合わせによって類型的な見方もできるようになっている
1990年代に入ると多くの実証データに基づき、パーソナリティは最終的に5つの因子(ビッグファイブ)にまとまるという考え方が主流になってきた 開放性(Openness to experience) 10-3. パーソナリティの安定性と変化
10-3-1. 人ー状況論争
アメリカのミシェルによる問題提起を発端とし(Mischel, 1968)、1970年代から80年代にかけて盛んに行われた 当時パーソナリティ研究者の多くは状況に左右されない安定したパーソナリティの存在を仮定していた
ミシェルは人の行動が状況を超えて一貫しているという証拠が少ないこと、自己評定によるパーソナリティと実際の行動との間には中程度の相関関係しか見られないことを指摘
特性評定による行動予測の有効性や状況を超えたパーソナリティの一貫性に疑問を投げかけた
その後、行動に及ぼす状況要因の影響が広く認められる一方で、ビッグファイブに代表されるようなパーソナリティ特性の安定性や、行動の予測力も明らかにされるようにいなり、論争は終焉
マクアダムズらはパーソナリティには安定した側面と変化しやすい側面があるとし、前者はパーソナリティ特性、後者は環境への適応の仕方(動機づけや目標、価値、認知様式など)に現れるとした これら2側面に加え、個人が語るライフストーリーもパーソナリティを表す重要な指標として位置づけている(McAdams & Pals, 2006) ライフストーリー: 自分の過去・現在・未来についての連続した物語であり、日々書き換えられながらも、個人に一貫したアイデンティティを与える機能を持つ 近年は多様なアプローチによる研究が展開されている
質問紙ではなく部屋や音楽の好みなどを指標とするアプローチ(Gosling, 2008)
動物のパーソナリティ(個体差)を調べる研究
パーソナリティの全体像ではなく特定部分(シャイネス、共感性、楽観主義など)に着目することで、行動の予測を試みる研究も数多くなされている 10-3-2. 遺伝と環境
扱いやすい気質を持つ子供は周囲から穏やかで温かい養育を引き出しやすいのに対し、扱いにくい気質の子供は養育者を困惑させたり苛立たせたりしやすい
実際には養育者自身の成育史やパーソナリティ、県境状態、子供と養育者を取り巻く環境も養育行動に影響を与える(菅原, 2003)
人間行動遺伝学の研究によれば、ビッグファイブをはじめとするパーソナリティ特性の個人差を説明する要因として、遺伝が約40~50%、非共有環境が約50~60%となっており、共有環境の影響はほとんどみられない 同じ家庭に育ったからと行って、子どものパーソナリティが同じ様になるわけではないことを示している
成長に伴い人は自分に会った環境を選ぶようになり、その環境が個人のパーソナリティ影響する
このような双方向的な関係は生得的な気質を強める方向に働く可能性があるが、逆に言えば環境や行動を変えることによってパーソナリティが変化する可能性もある
内気と自覚している人が、人と交流する努力をすると、徐々に話すことに慣れ、スキルと自身が見について、パーソナリティがより外交的なものに変化していくという(Wilson, 2002)
周囲が環境を整えるという方法もある
アメリカのあるプログラムでは、逸脱行動のリスクの高いティーンエイジャーに高齢者の介護や子どもの家庭教師、地域の正装といったボランティア活動に参加してもらったところ、早期の妊娠や学校からのドロップアウトといった逸脱行動が減少した(Allen et al., 1997)
自己イメージがポジティブなイメージに変わっていったためではないかと考えられている
10-3-3. パーソナリティの成熟
オルポートは成熟したパーソナリティの指標として6つを挙げた(Allport, 1961) 1. 自己意識の拡大
2. 他者との暖かい関係
3. 情緒的安定(自己受容)
4. 現実的な認知と問題解決のスキル
5. 自己客観視(洞察とユーモア)
6. 統一した人生観
その後の実証研究はこの見解を概ね支持している
個々のパーソナリティは生涯を通じて安定した傾向を持ちその安定性は年齢とともに高まる一方で(Roberts & DelVecchio, 2000)、平均して見ると成人期以降、自身や責任感、温かさや冷静さ、誠実性や調和性、情緒的安定性といったポジティブな特性が増すことが示されている(Srivastava, et al., 2003)
様々な問題を粘り強く、建設的に解決する体験の積み重ねが、人としての成熟を促すと考えられる(Funder, 2010)
先述したライフストーリーに基づいて、パーソナリティの変化や成熟を捉える研究も盛んになってきている
困難な人生体験を精緻に語る事のできる人には、パーソナリティの成熟が認められるなど、語りを通して経験を意味づけるプロセスが洞察や千枝、成熟をもたらすことを示した研究は少なくない
人生の転機、困難な出来事に出会った時、人はライフストーリーを語り直すことによって新たな事態への適応を図り、その過程においてパーソナリティが発達していくものと思われる
10-4. パーソナリティの測定
標準化された性格検査では適用される母集団から抽出された標本について基準尺度が構成されており、検査を受けた人の集団の中での位置づけをしることができる
特定の行動傾向に関する複数の質問項目への回答を通して対象者のパーソナリティを明らかにしようとする手法
pros. 実施が比較的容易で採点も客観的になされる
cons. 回答に意識的・無意識的な歪曲(社会的望ましさなど)が入りやすい
代表的な検査
あいまいで多義的な刺激に対して自由に反応してもらうことにより、対象者の深層心理に迫ろうとする手法 pros. パーソナリティを多面的に深く捉えられる
cons. 実施にあたって専門的な知識や技能、経験を必要とするほか、結果の解釈に主観が入りやすい
代表的な検査
https://gyazo.com/aa7e620b7a592d77465806ee8eeffcf5
曖昧な絵を見て物語を作ってもらう
「子供の頃、私は…」などの未完成の文章を完成してもらう
欲求不満への対処場面に台詞を書き込む
紙に一本の木を描く
対象者にある作業を課し、その経過や結果などから、パーソナリティや適正を判断するもの
pros. 実施が比較的容易で回答に意識的な歪みが入りにくい
cons. パーソナリティの限られた側面歯科測定できない
代表的な検査
検査だけでわかることには限界がある
日常的な行動観察や言語による報告と合わせて、多面的にパーソナリティを捉えていくことが求められる